アメリカに大学留学して得られた英語力以上の価値とは?

こんにちは!黒坂岳央(くろさか たけを)です。
※Twitterアカウントはこちら→@takeokurosaka

先日、株式会社マネーフォワードが運営する、マネープラスにて「最強の英語学習法」の記事を書かせてもらったところ、Yahooニュースに転載され、アクセスランキング1位になりました。おかげさまで、また英語学習法の連載を書かせてもらう事になりました。

下記URLからご覧頂けますので、興味がある方はぜひご覧ください。

マネープラス
https://moneyforward.com/media/post_author/takeokurosaka/

 

さて、こちらの記事で留学しても英語力は上達しないというお話をさせてもらいました。私が参加したのは語学留学ではなく、現地のアメリカ人学生と机を並べるガチ留学でしたが、英語力の大きな伸びは感じられませんでした。しかし、英語力ではない、大きな大きなものを得ることが出来ましたので、お話をさせていただきたいと思います。

 

留学経験が外資系転職で高く評価された

私は複数の外資系企業で働き、面接や研修、出張などを含めると数十社の外資系で働いたり見たりしました。たくさんの外資系企業、そこで働く多くのビジネスマンと接して感じたこと。それは「英語上級者ほど、英検やTOEICを評価基準にはしていない」という事実です。それは今の私も同じ。「自分はTOEIC900点以上持っています!」と言われても、同じ900点以上取る人の間でものすごく英語運用能力に差があるのです。TOEICはある程度英語力があることの証明にはなりますが、仕事で運用できるかどうかの証明にはならないのです。面接でTOEICは900点以上ある人が、電話を取ったらしどろもどろ…プレゼンテーションをするとカミカミ…という光景は何度も見てきました。

しかし、留学やビジネスの現場で英語を使ってきた経験は裏切ることはありません。留学について言えば、毎日毎日膨大な分量のリーディングの課題が出されます。毎日夜中遅くまでテキストを読み、レポートにまとめ、ディスカッションやプレゼンテーションの準備に走り回ることになります。それが出来なければ容赦なく、笑顔で「Fグレード」が突きつけられます。私は留学中、鬱になりそうになるほどヘトヘトになった局面もありましたが、なんとか逃げずに乗り越えて帰国しました。少なくともアメリカの大学の授業についていき、課題を乗り越える程度の実力があることの証明にはなるわけです。

日系企業に面接にいったとき、「シカゴのDePaul Universityで会計学を専攻しました」といっても「はぁ…そうなんですね」としか言われませんが、外資系企業で働いている人は日本人、ネイティブスピーカーともに「ああ、あの大学ね」と返ってきて嬉しかったことを覚えています。外資系の転職面接時に、留学経験はものすごくプラスに働きました。「今どき、留学なんて誰でもやってる」という人がいますが、そういう人は留学経験者でないことがほとんどですので、気にしないようにしてください。少なくとも、私が転職面接をしていた2009年から2012年頃は留学経験はものすごくプラスに働いたことは間違いありません。これは資格試験の合格通知書や、スコアでは得られなかった大きな大きな効果です。

 

海外への幻想が消え、もっと日本を好きになれた

こんな事を言うのは恥さらしでしかないのですが、あえて書くことにします。

かつての私はかなり海外に対してキラキラとした幻想を持っていました。「海の向こうは日本にはない、先進的な教育、テクノロジー、文化レベルが行き届いていて、大きな学びを得ることになるだろう」と。日本は閉鎖的で全体主義、ビジネスもアメリカと比べてずいぶんと遅れていて、明るい展望の描けないだめな国だとすら思っていました。でも、きっと海の向こうは自分の求めるような素晴らしい世界なのだ。そんな幻想を持って渡米したのです。

そんな幻想を持っていた私は、何度もガッカリさせられる体験をすることになりました。徹底的な個人主義に感じる、アメリカ人の冷たさ。厳しすぎる大学の講義や課題。自己主張が激しく、度々衝突をしたインド人のルームメイト。帰国前に起こったリーマンショックで「アメリカで就職したい」という夢の破壊。「日本より圧倒的に進んだ、近未来で理想的な世界が海の向こうに広がっている」と、25歳といい年をした私は思っていたのです。

しかし、実際に生活をしてその幻想は打ち砕かれ、しばし呆然としてしまいました。ですが、立ち上がった私の心の中には立ち込めていた霧はすっかり晴れていました。そして、世の中にユートピアはなく、世界中どこにいても大事なのは自分自身の気持ちなのだという事を理解できたつもりです。

「帰ろう」そう思って、帰国した私はもう二度と海外への幻想を持つことはありませんでした。その後も、色んな国に旅行へいくなど足を運びましたが、それはあくまで海外旅行という非日常を楽しむものであって、軸は生まれ育った日本から外れる事はありませんでした。「日本が辛いから海外で住みたい」、時々そんな書き込みや相談をYahoo知恵袋などで見かけることがあります。元々、別の国で生まれ育った人ならいざしらず、そうした人は海外へいっても自分が見ていたものが幻想であることに気付かされるのだと思います。私は人生の早い段階でそれを理解することが出来、とても良かったと留学に感謝しています。

 

真の競争社会を目の当たりにした

アメリカにいって驚いたのは、学生たちの勉強への熱心さです。

渡米前、私は日本の大学に失望をしていました。私が在学していた大学はもとより、どの学校の大学生も学校をサボって游んでいたり、バイトに明け暮れていたからです。私は5年も年を取り、しかも短大入学でしたからもう必死でした。「何としても就職をするために、大学に入ったら死ぬほど勉強をしよう」そう考えて、一日中勉強をしていました。そして、少し驕りが生まれてしまったのです。「自分は游んでばかりの大学生と違って、とても頑張っている」と。

しかし、それはアメリカに留学して考えが変わりました。みんなとにかくむちゃくちゃ勉強をしています。図書館は勉強をする学生でぎっしり。日本の大学の図書館はおしゃべりをしていたり、PSPでゲームをしている学生にイライラしていましたが、アメリカの図書館は座って勉強をする席を確保するのに骨を折ったほどです。20時、21時になっても脇芽もふらずに勉強をするさまを見て、私は戦慄しました。「みんなこんなに勉強を頑張っているのか!」と。勉強は取り組んでいる時間の長さで決まるものではありませんが、当時の私が差し出せるのは時間しかありませんでした。ですので、毎日の勉強の目標を「誰よりも遅く図書館を退室する」ということにしていました。夜中まで頑張って勉強をしていたのですが、アメリカ人学生が帰った後も、中国人、韓国人は一生懸命勉強をして、「くそ!負けてたまるもんか!」と思い、必死に勉強をしたものです。

この体験は今でも私の心の中に強く印象付けられています。周囲がのんびりしていても、海の向こうの連中は死に物狂いでやっている。それを学生時代に見ることが出来たので、今は起業家として、投資家として猛烈に頑張ることが出来ています。

多くの人が留学に求めるものは「英語力」なのかもしれません。しかし、それはしょせん副産物として期待するべきものであって、真価は違ったものであるべきだと思います。私の場合は今回の記事で紹介した、3つのことでした。少しでも参考になれば幸いです。

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