DJバイトから東大、そしてシリコンバレーへ…夢は諦めなければ必ず叶う

「こんにちは!黒坂岳央(くろさか たけを)です。
※Twitterアカウントはこちら→@takeokurosaka

 

今回はいつも言っている、

「英語の勉強はこうやるんだよ」ってノウハウの話や、

「こう気持ちを持つんだ」ってマインドの話でもない。

少し毛色の異なる話をしようと思う。

 

「きっと夜のお話だお! ムラムラしてくるムホホな話に決まっているお!」

 

「んなわけあるかよ、いきなり話の腰をおるんじゃねーよ。」

 

いや、ある意味、ムラムラしてしまうかもしれない。

いいか?今から話すことに一切のウソや偽りはない。

正真正銘、ガチの話だ。

この話からあなたが何を学ぶのか?何を感じるのか?

それはあなたに委ねたい。

今回はうるさくあれこれ解説を入れることはしない。

ただただ、淡々と話を進めるのでどうか最後まで聞いてくれ。

 

「お! 今回はこれ以上はボコられなくて済みそうだお♪」

 

(テメーがバカなボケをかまさなきゃ、オレも無意味に攻撃しねーっつの)

 

留学準備の経済学で神のように輝いた私

その男の話をする前に、少し状況を語らせて欲しい。

2007年当時、私はアメリカへの留学が決まり、

春休み返上で留学対策用の講義を受講していた。

▲春休みで人もまばらなキャンパス

 

私が受講していたのは、日本人学生向けの開講クラスではなく、

日本の大学に留学している外国人留学生向けに開講された内容だ。

授業は当然英語。

アメリカ人とかスウェーデン人、スイス人など

英語圏の学生が受講していたところに日本人学生が放り込まれるってプログラムだ。

さながら、日本にいながらして、

海外の大学と遜色ない環境にいたわけだ。

 

留学にいかない学生はその頃、

お花見とかタコパ、バイトに明け暮れて青春を謳歌していたが、

私を含む、無料で長期留学に参加するごく少数の学生は

極悪としか思えない分量の課題と、講義の難しさに

ひいひいいいながら課題をこなしていた。

 

「こんなモン軽くこなせなきゃ、海外の大学の授業についていけるわけないわよ!」

 

教師陣にそう言われつつ、私も講義に参加していた。

各々が好きな講義を取っていたわけだが、

後から気づいたのだが、実は私とMは経済学の講義で出会ったのが初めてだった。

 

これまでブログを読んでくれているあなたなら、

なんとなく分かるかもしれない。

私は経済学が死ぬほど好きだ。

経済学に対する海より深い知的好奇心と、

たまたま持っていた経済学への適正がうまくマッチングしたことで、

当時、講義を受けていた私は神のように輝いていた。

 

まあ気分はクイズ番組に出ている、

東大・京大のクイズチャンピオンみたいな感じだったな。

先生から問いが投げられ、他の学生が黙考を始めた瞬間に、

ただ一人、自分が手を上げて、バシバシと答えていく。

外国人留学生を含む、他の学生の回答する機会を片っ端から奪いまくってやった。

完全に黒坂のオンステージ、独壇場。

私は当時、それまでの人生で味わったことがない究極の快感を味わっていた。

「好きこそ最強」

私はこの言葉の意味を当時のこの経験から学んだ。

 

▲その代わり毎日スゲー遅くまで残ってやっていたけどね、勉強。

 

圧倒的な全能感、優越感を覚えつつ、

当時の私は25歳になったばかりの青二才ということもあって、

周囲の学生を少々見下ろしていた。

今考えると、こんな事を言うのは恥ずかしい限りだ。

まあ若気の至りだ。許せ。

25歳ワシ

「ふふふっ、英会話ばっかりやって、真面目に勉強をすることから逃げていた連中に負けてたまるか。

自分は地味ながら、毎日毎日図書館で一人で読解の修行を積んできたんだ。

アメリカの講義は膨大なリーディングをこなし、

自分の意見を論理的に発表する力があってナンボだ。

経済学だきゃ、ぜってえ他のヤツに回答させねえよw」

 

 

「あー、こういう調子に乗ったバカムカつくわ! 痛い目見ろボケ!だお!!」

 

…大丈夫だ(笑)。留学中にガッツリ痛い思いをしたw

今は黙って話を聞いてくれ。

 

▲まあそうはいっても1回だけタコパしたけどなw

 

当然、成績は満点。

ペーパーテストもレポートも完璧だった。

この頃にはもう、こみ上げてくるような高揚感はなかった。

「自分なら当たり前すぎる結果だ」

そんな傲慢な考えを持っていたから。

 

「あー、やっぱムカつくお!! 誰かこいつに天罰を食らわせてくれお!!」

 

同じクラスメイトからは

 

「もしかして他大学の経済学部出身なん?」

「どうやって勉強してるん??教えてや!」

「今度一緒に勉強をしよや☆」

 

そう言われるたび、また優越感を覚えた。

「ざけんな、勉強ってのは一人でやるもんだ。オレ様の爆走のジャマをするな、ザコめ」

そう思っていた。

 

衝撃的なMという男との出会い

経済学では神がかっていた私も、

他のビジネスの講義で私は少々苦戦していた。

なぜなら、その頃US.CPA(米国公認会計士)の

アビタス(旧:USエデュケーショナルネットワーク)に入学し、

ダブルスクール状態だったからだ。

▲アビタスで受講していたUS.CPA

 

鬼のような留学準備コースに忙殺され、

その傍らで米国公認会計士の勉強をしていた。

私は得意の経済学では、外国人留学生含め、完全に他の生徒を圧倒していたものの、

経営学やファイナンスの講義では、かなり苦戦を強いられた。

 

▲毎日、下校は21時半頃。家につくのは23時過ぎだ。土日は朝から夜まで勉強。まあ、ブラック企業状態よ。

 

…いや、さすがに無理だ。あまりにも時間がなさすぎる。

アビタスに通い、そこでも猛烈に課題をこなし、

寝不足の状態で講義に臨んでいたので、完璧なるオーバーワークだ。

また、運が悪いことに「ひぐらしのなく頃に」

というゲームとアニメに手を出してしまった。

これにより、私はただでさえ少ない睡眠時間を更に減らす事になってしまった。

 

「やったお!こういう不幸話を聞きたかったお!ざまあみろだお!!」

 

「黒坂の傲慢さも悪いが、まあそこまでいってやるなよ。頑張ってはいたんだから」

 

▲取り壊しが始まった実家。

 

ちょうどその頃、借金の返済が無理ゲーとなり、

実家を銀行に取られ、引っ越しをすることになった。

 

あなたは引っ越しをしたことがあるだろうか?

8人家族だったウチの引っ越しは、

まあお察しレベルにイカれた荷物の量だった。

業者に頼む金なんてあるわけがない。

ゴミの廃棄から、整理、積み込みなんかも全部家族でやった。

肉体的疲労もピークを迎えた。

 

▲取り壊されて跡形もなくなった実家。

 

生まれ育った家は、あっという間に跡形もなくなった。

家族はその日、全員涙を流していた。

みんなで抱き合って「家がなくなった」。

そう泣いている傍らで、私は必死に問題を解いていた。

当時の私がどのくらい気持ちに余裕の無かったか?

これを読んだあなたにそれが伝われば嬉しい。

 

何もかもが同時に重なって死にそうな中、

他の学生が「勉強大変!!」とのたまう姿にイラついていた。

 

「大学の授業一本でヒイヒイいってんじゃねえよ、ザコども。こっちゃCPAの勉強もして、引っ越しもやってるんだよ」

 

と。

あー、今考えるとマジで青二才すぎる、クソマインドだが、

まあ許してくれ。愚か者だったのだよ私は。

 

だが、他のビジネスクラスで

経済学での私のように無双する男を見つけた。

その男こそがMだったのだ。

この大学に入学して初めて、

 

「あかん、こいつには勝てないかもしれん」

 

と心から思わされた唯一の男だった。

鮮やかなディベート力、巧みな英語、300ページのテキストを数日で読み終えて

ガッツリレポートを提出するMはあまりにも輝いていた。

 

私は死ぬほど負けず嫌いだ。

「こんなヤツに負けてたまるか。自分はやつがやる5倍頑張るわ」

きつい身体に鞭打って更に勉強に励んだ。

だが、自分の前を走る彼はドンドン自分との距離を開いていく。

TOEICも900点を取り、学内でも彼のことを知らない人はいない、

英語で負けたと思わなかったが、

総合的に彼のビジネスクラスでの活躍は輝いていた。

 

いつしか、私とMは仲良くなり、話をするようになった。

お互い、プライドが高いから認めはしないものの、

「こいつは出来るヤツだ」

と相手の力量に一目置いているのがよく伝わってきた。

 

ある日、留学前に私はMと食事をした。

当時の私に学食に行く金はなかったので持参していた弁当を食べ、Mは学食を食べた。

おもむろにMはこんな事をいいだした。

 

▲よくいった大学の学食。

 

M「Takeo(黒坂のことだ)は留学して何をするの?

黒坂「私は米国公認会計士の資格を取り、世界的なグローバル企業でファイナンスのビジネスプロフェッショナルを目指す(どやあ)」

M「お、いいんじゃね?いかにもTakeoらしい目標だな」

黒坂「Mは何したいんだ?スウェーデンとアメリカに行って勉強したいんだっけ?」

M「ああ、オレは東大に行ってエネルギーの研究をしたいからな」

黒坂「え?東大って東京大学か?」

M「そう。東大だ。オレは東大にいく」

黒坂(うちはDランなんだぞ。いけるわけねえ常識的に考えてw)

 

そして私とMはお別れをした。

私はアメリカのシカゴへ、Mはスウェーデンの大学へ留学した。

アメリカに渡った後のエピソードは

プロフィールページに少し書いているので読んでおいてくれ。

 

もともと高卒DJだったM

さて、ここでもう少し詳しくMの紹介をしたい。

 

Mはもともとまったく英語ができず、

私に引けをとらないくらいのバカ高校出身だったらしい。

高卒DJになった彼は、自分の流す音楽で周囲が盛り上げるアルバイトをしていた。

 

ある時、自分の目の前で、男女が熱く抱擁するする姿を目の当たりにした。

目の前で踊り狂い、絡み合う男女の姿を見て

Mはカミナリに打たれたような衝撃を受けたという。

 

(オレは一生、他人の脇役で盛り上げる生き方をするのか!?)

 

と。

 

そこからMは大学に行く決意し、猛勉強をした。

MはDランだった我が母校の昼間学生には合格できず、

夜間の短大に入学をした。

夜間の短大だ。

まあ来ている学生のレベルは想像に任せるが、

「ヤバイ」とだけはいっておく。悪い意味で。

 

だが、彼はそこで普通では終わらなかった。

TOEIC300点取れない状態から猛勉強をして、

結果的に2年足らずで英語をマスター。

TOEICも900点を取得して、

2カ国の大学へ無料で留学する権利を勝ち取ったのだった。

 

バカ高校卒のDJで、何も持たない彼は

英語というパスポートで、海外の大学、アメリカとスウェーデンへの留学に旅立っていった。

 

再会したMに驚愕

月日が流れて2013年、私はひょんなことから、Mと大阪で再会することになった。

当時、私はシュワシュワ~っと炭酸水を販売するとある外資系のファイナンス部門で働いていた。

 

▲この会社ね。

 

久しぶりにMと再会した私は驚愕した。

Mはスウェーデンへ留学し、その次にアメリカの大学へいって卒業。

帰国後に東京大学に入り、最終的に修士号を取得。

今はエネルギービジネスの会社で働いているという。

▲梅田でMに再会。黒坂は真ん中(メガネ装着なし)

 

Mと再会した私は留学前に「オレは東大へ行く」

という言葉通りに実践し、夢を叶えたMに驚愕した。

まじかよ…こいつマジで行ったのか…。

驚愕する私に追い打ちをかけるように、Mは次の言葉を私に放った。

 

「オレは3年後、シリコンバレーのイーロン・マスクとビジネスをしているだろう」

 

…一瞬、何を言っているのか分からなかった。

イーロン・マスク?

イーロン・マスクってあのフォーブスの表紙を飾った、

世界トップのクレイジー天才経営者のことか!?

いやいやw 相手にしてもらえるわけがないだろw

そう思った。

 

 

…だが、その数年後、彼と共通の友人からもたらされたのは、

 

「Mは今、シリコンバレーのクパチーノに住んでテスラ・モーターズの仕事をしているよ」

 

という報告だった。

 

…やられた。そう思った。

クパチーノと言えば、アップルの本社がある場所だ。

その話を聞いたとき、気がつけば私は彼の名前をググっていた。

検索結果は…彼の生き様をドキュメンタリー映画仕立てに制作されたYouTube動画だった。

それを見たとき、私は人間の可能性の無限さを教えられた気がした。

 

Mの人生を変えたのは?

話は以上だ。

 

「は?これだけ??」

 

と思った人もいるだろう。

 

「うおー!すげー!やっぱ行動力だよな!」

 

そう思った人もいるだろう。

 

彼を高卒DJではなく、

シリコンバレーのイーロン・マスクのところへ連れて行ったものは何だったんだろうか?

 

いや、辞めておこう。

私からの答えは…あえてしまわせてくれ。

今回の話で、価値ある何かがあなたの心を動かし、

そして魂に火をつける事があるとすれば、これに勝る喜びはない。

 

最後まで読んでくれてありがとう。

頑張れば夢は必ず叶う。

その事を教えられた人物、それがMだった。

黒坂岳央の英語講座、参加者募集中!

黒坂岳央の英語講座、参加者募集中!

「黒坂岳央の英語講座」の参加者募集中!

無料の動画講座をお楽しみ頂けます!

参加しなかった人は損をするって言っていいくらいのデキじゃねーかな?

知らんけどw

気になるならちらっと見てみればいいよw

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です