「専業主婦」は本当にこんなに叩かれるほどダメなのか?

こんにちは!黒坂岳央(くろさか たけを)です。
※Twitterアカウントはこちら→@takeokurosaka
Twitterを見ていると、「専業主婦は価値がない」「時代錯誤のダメな人たち」という主張をよく見ます。そして、「婚活市場で需要がない」とか「大変!というけど仕事の方が大変だ」という批判としか思えない書き込みも散見されます。
私は仕事も家庭業もかなり本気で取り組み、その観点からこうした「専業主婦たたき」のおかしさを話したいと思います。Twitterでもケンカ売っちゃいましたw
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専業主婦を叩く人はヒマ人だ。将来ヤバいとか、大学を卒業したのに、とか余計なお世話すぎる。どんな職業や生き方だろうが、それを肯定する人が存在する限り価値があると自分は思う。
実際、自分は奥さんが専業主婦になりたいと言われたら、ヨユーでOKする。他人がどうこう言う問題じゃないのだ。
— 黒坂 岳央社長@起業家・作家・講演家・投資家 (@takeokurosaka) October 7, 2019
専業主婦の価値は、それを求める人がいる限り肯定される
世の中には、存在する価値のないものはないと思っています。モノの見方は人の数だけ存在しますから、私も自分の主張が絶対正しいとは言えません。ただ、数ある意見の1つとして主張しています。
その前提でお話をするなら、専業主婦だって価値がないとは思いません。確かに子供の有無で負担の大きさはかなり異なりますが、子供がいない主婦だってそれを求める夫がいる限りは存在意義は完全に肯定されるのです。
私の奥さんは専業主婦ではありません。私顔負けに猛烈に働き、私もよく彼女からビジネスの不手際を叱られているほどです。でも、もしも彼女が「仕事をスパッとやめて専業主婦がやりたい」と言えば、「心からそうしたいならそうすればいいよ」と言うでしょう。止めることはありません。それで人生のクオリティ・オブ・ライフが向上するなら、喜んで応援したいと思います。その結果、家計の収入が下がったとしても問題ないと考えます。必要なものは、必要な状況に応じて現れると信じているからです。おそらく、彼女が仕事をやめて下がった収入分、私が始めたビジネスが、それをカバーしてあまりあるような状況へとなっていくと思っています。
専業主婦は価値があり、需要があります。世の中にそれを求める人が一人でもいる限り、この主張は肯定されるものと考えます。ですので、「専業主婦なんて」と批判する人は、需要を肯定する人の存在を確認した上で厳密な議論を展開することが求められると思うのです。
専業主婦を怒る人はヒマ人
人の生き方は様々です。
私は大学時代に米国会計を学び、米国公認会計士を目指し、外資企業で知識と経験を活かして働いてきました。そのためにつぎ込んだ資金と期間はまだに甚大なものです。が、私は起業に際してこの専門分野を捨て去りました。私の専門分野に付けられた市場価値は低いものではなかったですし、コストや期間をつぎ込んできたことを思うと捨てることには5分間くらい悩みました。人からも「なんてもったいないことをするんだ!」と怒られたこともあります。
専業主婦も同じではないでしょうか?「大学を卒業したのに専業主婦!?」とバカにする人もいるのですが、結局その道(専業主婦)を歩んでも生きていけるという算段があるわけで、世の中にそのようなルートが用意されている間は自由に生きていいと思うのです。誰からも批判されるいわれはありません。
それなのに、「頑張って働いてくれる夫に申し訳なくないの?」「学費を払ってくれた親に謝れ」など時間と労力を使って赤の他人の生き方を批判する人は、ヒマ人でしかないと思うのです。
最後に責任を取るのは自分
「会社員を辞めて専業主婦になると1億円のロス」など、おどろおどろしい記事を見ることもあります。しかし、最後に責任を取るのは自分自身です。
私の知人に長く専業主婦をやっている人がいました。子育ての手が離れたことで、久しぶりに社会復帰をしました。彼女は元来、非常に優秀でものすごく仕事ができ、時短で働かないといけない時間的制約が彼女をクリエイティブにしたことで、正社員登用を勝ち取りました。
また、その他の知人には家の外で働くことができないので、ブログを立ち上げ10万PVを超えるサイトを作り上げたことで、広告収入でパートに出るより稼ぎ、自由を維持することに成功した人もいます。
人は環境によって作られます。今は専業主婦でも、必要に応じて必要な行動をして、必要な結果を得ていくでしょう。それは他人からどうこう言われなくても、自分で責任をとって生きていくわけですから、目くじら立てて怒る必要はないと思うのです。
あまりにも世の中、専業主婦叩きが多いので、一言言いたくなってしまいました。