オピニオン

「高齢者がキレるのは、社会から冷遇されているから」を冷静に論破する

こんにちは!黒坂岳央(くろさか たけを)です。
※Twitterアカウントはこちら→@takeokurosaka

2017年の8月31日付の産経新聞に、86歳の高齢男性からの投書が寄せられました。「高齢者がキレやすいのは、社会に冷遇されているからだ」という主張をしています。

私はこの主張が正しくないと感じました。冷静に、そして論理的にこの主張が誤りであることを解説しながら、その根拠をお話します。

 

問題の責任はこの男性にある

男性からの投書によると、彼は友人と駅の改札で待ち合わせをしたのですが、5分遅れて集合場所に到着したそうです。友人の姿が見えず、後で分かったのは「先にレストランへいく」ということだったとのことでした。男性は「5分も待てないなんて!」と憤慨して家に戻ったというのです。

この一連の行為に対して、男性は冷遇されたと感じているといいます。はたしてこれが冷遇にあたるのかを冷静に考えます。今回の待ち合わせにおけるシナリオは、下記の2つがありました。

シナリオ1.約束の時間通りに場所についた。
シナリオ2.到着が遅れて、相手は先にレストランへいってしまった。

シナリオ1はまさに理想です。今回の事例では相手も時間に間に合うように来ているので、問題は何もありません。ですが、今回はシナリオ2に該当します。投書によると男性は携帯電話を持っていなかったようで、待ち合わせ場所にいる友人に直接連絡を取る手段はなかったといいます。

根本的原因に目を向けてみると、男性が遅れずに到着していればシナリオは2ではなく1に出来たわけですから、問題の発端はこの男性にあるのは明白です。また、携帯を持っていないのであれば、現地で直接連絡が取りようがなく事前の確認も怠った責任もあるのではないでしょうか。

 

86歳男性は「冷遇された」と思い込んでいるだけ

さらに男性は友人は「先にレストランへいく」と言っているのにも関わらず、怒って帰ってしまったといいます。相手は先にレストランへ行ったのは、時間通り来ない男性に腹を立てたと言うよりは「先に行って席を取っておく」「立ちっぱなしは腰が辛い」というその場で待たなかった何らかの事情があった可能性が否定できません。そう考えると、駅で男性を待ち続けるより、出会った後に円滑に交流を深めるための合理的判断をしたと見る余地は残されています。相手の事情に一切の配慮をせず、怒って帰ってしまったこの男性にこそ、友人の好意を無下にした冷遇する行為と映る人もいるのではないでしょうか。

男性が冷遇されたと感じているだけで、実際に友人が男性を冷遇したかどうかは、相手が先にレストランへ行った意図を確認しない限り、明らかにすることは出来ません。その答えを確認せずに「冷遇した」と判断したのは男性の思い込みである可能性が極めて高いのです。

 

相手への期待値が高すぎると、過剰な被害者意識が芽生える

私が常々感じているのは、「相手への期待値が高すぎると、過剰な被害者意識が芽生えてしまう」ということです。

これは高齢者だけではなく、何にでも言えることです。たとえば依存する側、される側の関係性が作られているケースにおいては、往々にして依存する側が相手に多くを求めて「冷たい!かわいそうな自分を厚遇してくれない!」と主張しがちです。ここであえて火の粉を被るつもりはないので、具体的な事例は出しませんが、きっとこれを読んでいるあなたの脳裏に、いくつかの事例がよぎったのではないでしょうか。

この男性も「相手は何も言わずに自分を待ってくれているだろう」という過剰な期待値があったのが原因と考えます。それにより、自分は冷遇されたという、過剰な被害者意識が芽生えてしまった可能性があります。

哲学的な問いではありますが、本質的に人は一人で生まれ、一人で死んでいくと考えています。お互いが独立していて、できる範囲での相互扶助が良好な人間関係であると考えますから、「冷遇された!」という一方的な主張はあまり支持を得られないものと個人的に感じてしまいました。

「高齢者が冷遇されている!」それを示す客観性のある証拠はこの事例では示されておらず、個人的にもそのような事実が世の中にはないと思います。

 

配慮がなければ「老害」というタグを貼られる

老害、という言葉があります。老害とは老齢化することで顕在化する老化現象が、社会的マナー及び円滑な人間関係に支障をきたす事象をいいます。

今回の事例を見ると、人によってはこの男性の強い思い込みや、先方への配慮がなかった点を「老害」のタグ付けする可能性があります。好き好んでこのようなタグを付けられたい人はいないでしょう。ですが、周囲から疎まれないためにも、老害に該当する振る舞いをしてしまうことに気をつける必要があります。そのために必要なのは「相手への配慮」という意識を持つことです。老齢化すると前頭葉の萎縮により、感情が抑えられなくなったり、思考の硬直性が高まることが示唆されています。ですが、相手側に何かしら事情があるかもしれない、という余地を残しておくことで無用な激昂やマナー違反をせずに済みます。

誰しもついつい、「自分は正しい」と思い込みがちですが、そこから脱却することが老害にならないための方法だと個人的に感じました。

黒坂 岳央

高級フルーツギフトショップ経営、雑誌・テレビのビジネスジャーナリスト、作家、講演家、投資家と幅広く活動。 元・高卒ニート&フリーターだが、米国大学留学を経て外資系勤務後に起業。 メルマガも書いてます→https://takeokurosaka.com/mailmagazine/

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