生き方・人生論

仕事を辞めた時から、人は急速に老害化する

Books&Applsの寄稿記事に「なぜ人は、仕事を辞めると劣化してしまうのか。」というものがあった。端的にいえば、「仕事を離れると、他人の顔色を伺わなくなくてよくなる。他人からの評価ポイントがわからなくなり、行き着く先は老害だ。」という内容だ。

今回は「仕事を辞めると老害化する」を論考したい。

 

人間は仕事を通じて社会性を得る動物

本質的に人は社会的動物である。社会性を形成していくプロセスは、職場や学校の人間関係や市場といった「仕事」を通じて得る。

筆者は「仕事」には、会社に勤務して金銭を稼ぐ意味合いだけではなく、子育てや家事などのチームプレー、学生が学校に通うことなども「仕事の範疇」と考える。筆者は会社経営ととともに、子育てや家事に一日のかなりの時間を割いて取り組んでいるが、やっていることの本質は仕事そのものである。子供にせがまれて、公園で一緒に遊ぶことに付き合うのは肉体労働のそれであるし、家事などの雑務もタスク管理や効率性を考慮して取り組む仕事である。学校に通うと、優れた学業の結果を出す必要があるし、必然的に教師や学友との交流や、好ましい振る舞いを求められるだろう。達成すべきミッションがある活動は、広義の意味で「仕事」なのだ。

そして会社で仕事をしたり、子育てや家事で家を支える活動を営む上では、必然的に他人からの評価ポイントを意識することになり、それが社会性を維持していると思うのだ。

 

ミツバチと人間の「差」

社会的な動物は人間に限らず、ミツバチなどは社会性昆虫の最高峰とされ、高度に組織化している。だが、ミツバチと人間の社会性には明確な違いがあると感じる。

玉川大学でミツバチの専門家である主任中村純氏によると、ミツバチはリーダーなき秩序社会を形成していると主張している。同氏は「群れを存続させるために、”今、自分ができること”を自らに問い、率先的に動いている」という。ミツバチの世界には交通整理係や、法律家はいない。それでも尚、社会秩序を保っているのは、教育ではなく遺伝子情報に刻まれた設計図によって、システマティックに動いている。これは先天的要素が大きい。

その一方で人間は能力や世界観のほとんどを、生後の教育によって後天的に獲得する。受ける教育内容や経験はあまりにも個人差が大きい。それ故にその世界観は人の数だけ存在する。多様な価値観を統制する秩序のシステムが必要となる。そのシステムが社会ルールだ。共同体で共通ルールを認識することで、人間は秩序を保っている。このルールは法律だけに留まらず、マナーも含めて人は他人との関係性を構築している。

ミツバチと人間はともに社会性のある動物であるが、この点で明確に異なる。問題は人間が一度獲得した社会性も後天的に獲得したものであるが故に、まったく使わないと衰えてしまうという点である。

 

人は仕事を辞めると老害になる

筆者の親戚に定年退職した男性がいる。仕事をしていた頃は、非常に物腰が柔和でハツラツとした尊敬に値する人物であった。ある時、親戚が集まって食事をする場で突然、奥さんに「早くしろよ!」と激情し、大きな声を荒げたことがあって仰天したことがあった。気質の変化は、仕事を辞めたことが関係している可能性は否定できない。

また、仕事辞めて数年経った友人が老害みたいになってきてつらいという記事では、アーリーリタイアをした友人が年月を経ることで、著名人を批判したり、自分の経験だけで決めつけた物言いなど老害のような振る舞いをするようになったことを嘆いている。

個人的感覚値で言っても、仕事を辞めると人は劣化してしまうと感じる。仕事を辞めると、人は他人の目を伺う必要がなくなる。人付き合いが減れば、服装などの見た目にも気を使う必要もなくなる。時間効率性や第3者のために、活動する意欲や意識は薄弱化するだろう。

仕事を辞めると社会性が衰えることを、裏打ちする事例がある。かつて100歳を向かえた「きんさん・ぎんさん」という双子の女性がいた。テレビに取り上げられて一躍時の人となったのだが、きんさんはテレビ出演をするまでは軽い認知症を患っていたという。だが、テレビ出演や運動の刺激を受けて回復していったと主張する専門家もいる。高齢になって、子育てや仕事から開放された後に、テレビ出演という社会とのつながりを取り戻したことで、元気になったという話だ。

 

「他人の目を意識する」が老害にキククスリ

以上を踏まえて考えると、筆者は「他人の目を意識することが、老害化にキククスリ」と考えている。

現在は会社員を辞めて地方に移住して仕事をしている。「誰とも会わずに寂しくありませんか?」と問われることがあるが、オンライン上では人とのつながりは失っていない。メディアにビジネス記事を寄稿する時や、書籍の商業出版で原稿を書く時は、毎回緊張する。発信した記事や出版しt書籍に粗があると、大きな批判に晒されてしまうからだ。公開した後の記事に対する、市場の反応はいつも気をつけており、反省することや次回の改善につなげるようにしている。記事執筆における技術は独学だが、こうした改善意欲で筆力を伸ばしてきたと認識している。

また、フルーツギフトと英語多読教育のオンラインスクールを運営していたり、ビジネス講演に登壇しているのでお客さんと接する機会もある。その際、お客さんからの要望や意見には傾聴の姿勢でいることや、常にビジネスを改善する意欲を失わないように心がけている。筆者を支持してくれる層の人からは、容易に称賛される。だからといって「支持者が自分は正しい」と思い込むと、たちまち裸の王様になってしまう。転落した先は老害なので気をつけている。そうした人からの評価を意識することで、一定の緊張感を作ってくれ、老害化を防止してくれると信じている。

仕事を辞めて、市場からのフィードバックがなくなれば、人は努力や意欲、生きる目標を失う。使わない機能は、筋肉でも精神でもドラスティックに錆びついてしまう。その行き着く先が老害というわけだ。

そういうわけで、たとえ一生遊んで暮らせる資産形成が出来ても、筆者は仕事を辞めたいとは思わないのだ。

黒坂 岳央

高級フルーツギフトショップ経営、雑誌・テレビのビジネスジャーナリスト、作家、講演家、投資家と幅広く活動。 元・高卒ニート&フリーターだが、米国大学留学を経て外資系勤務後に起業。 メルマガも書いてます→https://takeokurosaka.com/mailmagazine/

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