生き方・人生論

常識という名のレールを横に歩く生き方

こんにちは!肥後庵の黒坂です。
いきなり変な話をしますが、私は一般常識がありません。そのために他の人からよく叱られたり、バカにされてしまうことがあります。

私はアメリカ・シカゴの大学で米国公認会計士の勉強をしました。TOEICは985点、英検1級を持っていて、筑波大学大学院MBAコース(入学はしませんでした)の門戸を叩きました。こういうといかにもデキる人!みたいに思うでしょう?でも化学とか数学は中学レベルも怪しいです。化学はCO2が二酸化炭素、Feが鉄というくらいしか分かりません。

経済学者と有名投資家が登壇した日本経済のこれからをテーマにした、パネルディスカッションのレポーターのお仕事をしました。仕事の出来栄えは手前味噌ながらそこそこ出来たと思いますし、賞賛のお言葉を頂きました。しかし、戦後の以降の日本経済は分かっても、鎌倉時代とか世界史はサッパリ分かりません。多分、中学生と歴史の話をするとバカにされてしまうでしょう。

分かること、できることは人並みにはできると思うのですが、ところどころ出来ないことや知らないことがごっそりあってアンバランスです。しかし、私は日々楽しく満足の行く生活が出てきます。それは義務教育の途中で不登校になったおかげだと思っています。さて、今回は唐突に人生を語り始めてしまいます。今、学歴やキャリアがしょぼいと悩んでいる人がこれを読んでいるなら、もしかしたら少しは元気づけられるかもしれない。そんな希望を込めて。

 

中学3年でゲームにハマって不登校に

中学生で不登校、というのはよく聞く話です。中学1年ですでにじぇんじぇん勉強が分からなくなってしまった私も、中学3年不登校の罠にまんまとハマってしまいました。私が不登校になった理由はイジメによるものではなく、ゲームでした。当時はPS1からFF7が発売された年で、日本が世界のゲームシェアを支配していたゲーム戦国時代。FF7やバイオハザード2にハマった私はあっという間に学校にいかなくなりました(笑)。特にバイオハザード2はどっぷりとハマってしまい、ゲーム雑誌の企画したタイムアタックコンテストで1位を取り、優勝者として雑誌に掲載されてバイオ革ジャンを頂いてしまうというアホな中学生でした。どうでもいいですが、雑誌に自分の名前が載っていたのを見た時は、あまりに感激して手がブルブルと震えて足がガクガクするのを止められませんでした(笑)。

そして中学1年から1秒も勉強はしません。二次関数?因数分解?世界史?なにそれ聞いたことが無いって感じでしたね。英語も分かるのはBe動詞まで、doesとか三人称単数とか出た辺りで完全にお手上げです。高校は名前を書けば入れる工業高校に入りました。入学式を終えた教室で、髪を染めた生徒がいきなり先生を殴って退学になるような高校でして、もちろんすぐに不登校になりました(笑)。高校で何をやったのかはまったく記憶にありません。ただゲームのみ。テストの時だけ一夜漬けで試験範囲を丸暗記してなんとか卒業しました。

 

高校卒業後、ニートとコールセンター派遣で人生を消耗

高校を卒業した私はニートにジョブチェンジしました。1年ほど家から出ずにゲームをして19歳の誕生日を迎えてさすがにヤバイと思ったので、とりあえず楽そうなコールセンター派遣の仕事に応募して23歳まで遊び狂っていました。お給料は全額ゲームや旅行。自分で書いていてバカとしか思えない時間の使い方でしたね。一発奮起して50万くらい払って英会話スクールに通い始めるも、1ヶ月で行かなくなったりしていました。

「やばい、このままじゃマジで人生終了だ」

そう思っていても何もできないで過ぎ去っていく日々に焦りを感じていた私は、何気なく入ったブックオフで人生が変わります。野口悠紀雄先生の「超勉強法」というベストセラー本を偶然見つけて100円で買って帰りました。帰宅して本を読んだ私はとてつもない衝撃を受けることになります。詳しくは過去記事で書いていますが、突然に大学へ行くことを思い立ったわけです。そこからは

短大入学→アメリカ留学→Bloomberg→セブン&アイ→筑波大学大学院MBA→コカ・コーラ→起業

というむちゃくちゃなルートを辿りました。万が一誰かからリクエストを頂いた場合は、この部分について細かい心理描写を加えたお話をしてみようかと思うのですが、とりあえず一般的なキャリアや人生プラントはかなり違う道を歩んできたと思います。

 

「世間の常識=正解」ではない

むちゃくちゃながらもコカ・コーラではかなりいい仕事をさせてもらいました。数百億円のコスト削減プロジェクトとか、外資系コンサルティングファームから派遣された超エリート社員や、東大卒、海外有名大卒、MBAホルダーの社員と一緒に仕事をした経験はとても学びになりました。周囲からの目は

ダメ人間→一流企業のエリート社員

みたいな見方に変わりました。ここまで話すとさぞや私の地頭がよく才能があるように思われるかもしれません。でもそれは違います。確かに周囲の社員はみーんなエリートばかりでした。教養もあり、能力も高く、スキルも申し分ありません。ですが、私はド底辺から上がった人間で、質のいい勉強をする代わりに量をこなすことでなんとか彼らに食らいついていました。いや、もう一つ周囲の人と違ったポイントがあったかもしれません。それは「常識を知らなかった」ということです。

英語の勉強を初めてまともにやったのは23歳の時で、今の私の英語力の99.9%は独学で本を読解したことによる「リーディング」から成っています。最初の会社は1年でやめ、次は2年でやめました。普通3年はいないとダメだといいますが、私は我慢できずに気がついたらコカ・コーラ社の面接を受けていました。起業はフルーツやネットショップのことを何も知らずに初めてしまいました。おそらくほとんどの人はこの話を聞くと

「英語を20歳超えて始めても身につかない」
「会社に入ったら最低3年は務めないといけない」
「起業するならこれまで
のスキル経験を活かした分野でないと」

といった常識を投げかけたくなるでしょう。でも私は常識を知らなかったために、周囲を気にせずブルドーザーのような勢いだけで取り組んできました。苦戦したこともありましたが、これまでなんとかなってきました。

 

社会のレールから外れて自信を失っているあなたへ

私は自分を成功者などとは思っていませんが、これまでのところ自分ではとても満足の行く人生を送ることが出来ていると思います。今後も常識に囚われず、思うがままに色々と挑戦してみたいと思います。

一般的には常識がない人はダメな人であり、「迷惑だから社会に出てくるな!」みたいな声があるじゃないですか。でも私は自分が常識的な人生を送ってこなかったことに、とても感謝をしています。中学1年で勉強に躓き、3年生で学校に行かなくなって、私は野生児のように社会の常識から遠ざけられた環境に身をおいていました。今の私の仕事であるネットショップ事業や、ライターの仕事をパワフルに、精力的に取り組めているパワーの源泉は、常識を知らなかったからこそ大量行動をして望んたことが形になった体験による自信が一役買っているのではないかと思っています。

「社会のレールを外れてしまった…」
「一般教養すらないことがコンプレックス」

などと悩んでいる人に私からメッセージを送るとすれば、それは悩むのではなく喜ぶべきことだと言いたいですね!別に化学式や世界史が分からずとも起業は出来ますし、社会を楽しく面白く波乗りすることは十分できます!なにより大事なのは「自信」です。「なあに一般教養がなくてもヘーキヘーキ!」といったような根拠がなくてもうまくいくんだと心から思い込めば、それは前進するパワーになります。前へ進む道が見えなくなってしまったのであれば、横に歩けばいい、ただそれだけの話ですから。

黒坂 岳央

高級フルーツギフトショップ経営、雑誌・テレビのビジネスジャーナリスト、作家、講演家、投資家と幅広く活動。 元・高卒ニート&フリーターだが、米国大学留学を経て外資系勤務後に起業。 メルマガも書いてます→https://takeokurosaka.com/mailmagazine/

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