運営者・黒坂岳央について

公益社団法人日本印刷技術協会主催のSummer Fes2018にてネットマーケティング講演の様子

 

テレビ東京モーニングサテライトに出演

 

FMヨコハマのラジオ番組に出演

 

Google Japanにて

 

はじめまして!このページではサイト運営者・黒坂岳央のプロフィール紹介をします。

 

プロフィール

大阪府生まれ。関西の短大入学後、アメリカ・シカゴの大学に留学して会計学を専攻。
卒業後、東京でブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラで働く。
現在は熊本県に移住、下記複数のビジネスを経営している。

 

<筆者の運営、主催するビジネス>

・高級フルーツギフト「水菓子 肥後庵」の経営者

666

公式サイトはこちら

これまでのメディア掲載はこちら

 

・ビジネスジャーナリスト
複数のブログ運営を始め、下記大手メディアにて執筆、テレビやラジオ番組に出演しております。

  

プレジデント 様
Yahooニュース 様
アゴラ 言論プラットフォーム 様
マネープラス 様
ZUU online 様
節約社長 様
スタディウォーカー(KADOKAWA) 様

他多数

 

・投資家

仮想通貨、株式投資、FX、不動産投資などを実践。投資記事をネットメディアにて執筆。

 

・英語ビジネス
著書:中学レベルの僕が「読むだけ勉強法」で英語をペラペラ話せるようになった!
ブログ:英語力ゼロから外資系転職で人生逆転戦略論
その他、ネットメディアを中心に英語学習法など記事執筆

 

・ビジネス講演
講演の達人
Speakers
JAGATサマーフェス2018 1,478名が来場したイベント(日本印刷技術協会主催)

「黒坂岳央 講演」の画像検索結果

 

これまでの歩み

 

小学校時代

この頃は割とまとも。成績もそれなりによかった。

おばあちゃんが教育熱心で、母親から「国際人になれ!世界で通用するような仕事をしろ!」と言われて育つ。

「国際人って具体的に何すればいいんだろ?とりあえず英語か?」

と疑問を持ちつつ、FF5を廃人になるほどやり込んで卒業。

 

中学校時代

FF7とバイオハザードにハマり、一年生の時から不登校になる。

家もかなり荒れていたことから、深夜にゲーセンやファミレスで過ごしているところを見つかって何度も補導される。

3年間、勉強のことは何も頭に入らず。

英語はBE動詞と一般動詞の区別がつかず、ローマ字も完全には理解出来ず卒業。

基本的にやり込むと廃人になるほどやる

 

高校時代

周囲は不良ばっかりのド底辺工業高校。

ツッパっていたけど、舐められたらパシリにされると思い、メリケンサックと特殊警棒を常に持ち歩くデンジャラスな高校生。

バイオハザード2が発売されたことで完全にゲーマーに。

学校を休んで一日16時間プレーしたことでタイムアタックコンテストで日本一になり、カプコンオリジナル革ジャンをゲットする。

その後もゲームにハマり、一時期ファミ通のやり込みゲーマー特集の常連になってガバスを大量に保有。

高校時代も英語力は0で卒業。

6年間学生をやるものの、何も学ばず。

「自分はゲーマーだ!タイムアタック日本一だ!!」ということだけが唯一の心の支え。

タイムアタックコンテストで優勝してゲットした革ジャン

 

ニート時代

高校を卒業した自分は無敵になった。

「毎日が夏休みだヒャッハー!」

と文字通り本当に遊びまくり。

地元でスーパーと和食とお弁当屋にバイトするも、全部1ヶ月前後で退職。

ゲームをやり続けるが、ソフトを買うお金がなくなったので「このままではやばい!」と思い始める。

また、周囲の同級生がみんな大学にいき、いつしか夜眠れないほどの焦燥感に襲われる。

心を落ち着かせるためにピアノを始める。

ピアノのコンサートで演奏する筆者

 

フリーター時代

さすがにいつまでも実家にパラサイトはやばいと感じはじめる。

引っ越し屋のバイトに行くも、怖いガテン系にビビって半日でバックレる。

「ブルーカラーは無理だ。エアコンの効いた部屋で楽して稼ぎたい から事務職へ行こ」

と思い立って適当にバイト情報誌を見て大阪・梅田にあるコールセンターへ。

研修中はトークスクリプトを満足に読めず、クビになりそうになる。

コールセンター時代の仲間

 

だが、途中から覚醒してコールセンターのインバウンド、アウトバウンドで好成績。

時給が30円上がって「自分はプロのビジネスマンだ!」と有頂天になる。

母親から言われ続けた「国際人になれ」を唐突に思い出し、英会話スクールをハシゴ。

「apple」しか単語が分からず、元々根性もないので即撃沈。

通っては止め、通っては止めのコンボをかます。

 

大学受験を決意

コールセンター勤務をして4年近く経過。

稼いだバイト代はその月に全額使い切って足りない分はクレジットカードでショッピングをするという、アメリカ人も真っ青なアホを継続。

英語もどうでもよくなる。

でも心のどこかで、

「人生このままじゃマジでやばいよな。今後どうしよ」

とまた眠れなくなるほど将来不安になる。

でも何もせず。

とりあえずコールセンターで頑張る日々、でも帰宅してピアノ教室に通って不安で眠れない夜のコンボ。

そんな時、野口悠紀雄さんの「超勉強法」を偶然本屋で見つける。

勉強なんて中学時代から1秒もしていなかったが、なんか気になって手に取ってしまう。

帰宅して夜中に読んで本を持つ手が震えるほどの感動を覚える、明け方まで何度も何度も読み直す。

そして「大学に行く効用」というページを見て

「よし、大学にいくぞ!」と決意する。

大学は卒業まで4年間勉強するところであることを知ったのはこの時はじめてでしたw

 

独学で大学受験

とりあえず世の中にある大学は「東京大学」しか名前を知らなかったのでどこにいくか迷う。

とりあえず家の近くに外国語が学べる大学を発見してそこに決める。

一人でやってきた大学下見。資料をもらって帰宅。

 

ノリと勢いで志望校に設定。

その他の専門学校や大学は何も調べずに、家から通えるところで外国語が学べるという理由だけで決意。

昼間はコールセンターで週5日働き、帰宅後と休日に英語の勉強。

何度も撃沈しながら、

「英会話スクールや語学留学をするお金はないが、読むだけなら出来る」

と思い、多読による英語学習法にたどり着く。

ガチで英語力ゼロの状態から、半年で英検2級に一発合格し、自分を天才と勘違いする。

余裕で合格できた英検2級

 

大学受験!

忘れもしない2月の大学受験、前日は緊張で一睡も出来ず。

でも当日は神の力が働いて頭脳が冴え渡る感覚を覚えながら受験、短大に合格する

(4年制の学部は学力不足で受験を見送り)。

なんとか短大に合格出来ました

 

大学デビューして死ぬほど勉強

23歳で大学デビュー、高校卒業したての若い18歳に「課長」とか「オッサン」と呼ばれてブチ切れ。

「アホか。せいぜい浮かれていろ。自分はお前らとは覚悟が違うんだ」と猛勉強。

学費の元を取るために年間300冊図書館で本を読み、限界まで授業を履修し、座る席は常に一番前の真ん中というポジションをキープ。

先生方の目に止まり、

「君ほど熱心な学生は珍しい。アメリカの大学に留学してはどうか?」

と勧められる。

短大を卒業したら25歳で就活をしようと思っていたので、ここで軌道修正。

毎日、昼と夜用にお弁当を2つ持参。正門が閉まるまで毎日、図書館でひたすら英文読解をしていました。

 

アメリカ留学

授業で履修する英会話は無意味だと早々に悟り、リソースのすべてを英文読解にあてる。

独学で英検準1級、TOEIC800点以上ゲット。

「英会話はお金と時間のムダ。英語は読むだけでいい」

ということを心の底から理解する。

英検準1級も読解だけでラクラク突破

 

毎日英字新聞と英語のWebサイト、YouTube動画でひたすら独学。

アメリカ留学に必要なTOEFLテストスコアをゲットして、アメリカ・シカゴの大学に留学が決まる。

ちょうど、実家が借金のカタに銀行に取られてボロ屋へ引っ越ししたが、

生活費や授業料などはすべて免除してもらえたので、無料で米国留学出来るのでセーフw

学内のクラスメイトから天才だと騒がれて勘違いする。

大学の友人と留学出発前に旅行へ。この頃はリア充でした

 

留学中は会計学を専攻、想像を遥かに超える大変さで鬱になる。

毎日何百ページもテキストを読んでディスカッションやプレゼンに明け暮れる。

大学で使っていたテキスト。1冊1000ページ近くある電話帳みたいなレベル

 

大学図書館で最後に退室することを目標に課して、夜中2時、3時まで勉強。頑張り過ぎで心を病み、精神科にかかる。

「あなたの心理状態を知りたいからレゴブロックを積んでみてくれ」

そう医者から言われて朦朧としながら、

「自分、アメリカに留学して何してんだろ…」

と更に鬱っぽくなる。

年末は1ヶ月ほぼ部屋から出ずにひたすらアニメとゲーム。特に「ひぐらしのなく頃に」に死ぬほどハマる。

しょっちゅう深夜徘徊をしてホームレスに「金出せ」と言われるが、別に死んでもいいと思っていたのでまったく動じずw

 

大学図書館からの風景。勉強のやりすぎて鬱…

 

…と思ったら雪が溶けて春になったら鬱が治る。

 

就活

帰国直前にリーマンショック。

最初は

「リーマンショック?サラリーマンにショッキングな事が起きたのか?」

と思っていたが、求人数が激減していることを知り、絶望する。

アメリカで就職したかったけど、リーマンショックがヤバすぎて諦めて帰国。

帰国直前に一人でジョン・ハンコック・センターに登って見た夜景。息を呑むほどの美しい光景

 

帰国後は大阪のコールセンターでバイトしてお金を作り、東京へ行く。

住処は南千住の日雇い労働者用のドミトリー。

お世話になった南千住の宿泊施設

 

100社応募しても面接に呼ばれるのは1社あるかないか。

連絡があっても福岡の小さな個人経営の会計事務所とかでさらに絶望。

完全自殺マニュアルを読んで、楽に死ぬ方法を調べまくる。

20回くらい読んだ完全自殺マニュアル

 

日系企業は軒並みお祈り。

「27歳新卒?そんなゴミいらねえw」

って態度で面接すら呼ばれず。

日雇い労働者ドミトリーの宿泊代を払うお金がなくなりそうになったところで、

東京・丸の内ビルの中に入っている外資系企業に奇跡的に呼ばれる。

「なんで新卒なのにそんなに年食ってるの?」

と尋ねられたので答えると、

「フロンティアスピリッツがすごい!」

とべた褒めされて入社。

無料カフェテリアがついていたので、朝昼晩のご飯を会社で済ませて、極限まで生活費がかからなくなる。

日雇い労働者施設を出て、足立区の北綾瀬にマンションを借りて生活がスタート。

人生初の外資系。オフィスではずっと英語のみ。 写真引用元:http://www.unifor.it/ENG/realizzazione/bloomberg-new-york-2005_103281.aspx

 

転職

その後はキャリアアップを求めて転職しまくり。

財務・経理の経験がつめる会社に転職成功。

当時24歳の経営者の娘に惚れて付き合う。

奥さんに惚れて猛アタック

 

財務・経理の経験を積んで売り物レベルになったので、外資系企業に転職。

年収も200万円以上アップする。

頑張ってグローバル経営企画室へ行く。

同僚は東大卒とか、海外大学院のMBAホルダーとかばっかりで腰を抜かす。

 

 

起業

起業を決意する。

銀座のレンタルオフィスを借りて英会話スクールを起業するが集客できずに一瞬で廃業。

めげずにセミナー講師で起業してまたまた失敗。

銀座のレンタルオフィスにて。集客できず一瞬で挫折w

 

コンサルに出会い、フルーツギフトショップで起業。

最初は週末起業で土日を中心にやっていたが、売上も上がり軌道に乗ったので会社を辞める。

肥後庵というフルーツギフトショップで起業

 

経営するフルーツギフトショップのマーケティングとして、ブログを書く。

ほとんど反響が取れなかったので、大手メディアに寄稿しまくる。

アゴラ、マネープラス、ZUUといったメガメディアの正式執筆陣入りして、一年にYahooニュースを100本くらい書く。

Yahooニュース、アクセスランキング1位をとった記事は50万PVを超えました

 

Yahooニュース経由で山ほど仕事が来るようになる。

テレビ出演、ラジオ出演、雑誌執筆、ネットメディア、講演依頼などドカドカ仕事が来る。

英語学習ノウハウの記事見た出版社から

「読むだけで独学で身につけられるのは面白い」

と言われて出版が確定、1ヶ月で本を書いてくれと言われたので、ガチって10日間で仕上げる。

本気を出せば本は10日間あれば書けますw

 

英語を始めた理由

「英語を使えるようになって国際人になろう!」

…と、まあありがちなキャッチコピーに乗せられて英会話スクールの門戸を叩いたのが始まりでした。

母親から「将来は国際人になれ」と言われていたことで、心の奥底にその言葉は残り続けました。

当時はコールセンター派遣で夢も希望もなく、その日その日をただ消費していました。

そんな日々に風穴を開けたくて…あちこち英会話スクールに飛び込みました。

ドカンと数十万円まとめて買った半年分のチケットは3回いって退学!

また次も数十万円払って別のスクールに飛び込んですぐ退学!

今となってはこのムダな行動があったからこそ、多読の英語学習法に辿り着き、

そして英語学習法の本を出版することにつながったのですが、当時はものすごく辛かったです。

何より、「こんなにお金を使ったのに自分はなんて根性がないんだ…」という自信喪失で自分自身が嫌でたまりませんでした。

 

 

生きていてこの先楽しいことなんてあるのだろうか?

「自分はこの先、生きていて楽しいことなんてあるのだろうか?」

何度思ったか分かりません。

同窓会にいって自分がコールセンター派遣をやっていることを話すと、

「あー、なんか納得だわ(笑)」

と言われた時の屈辱感がすごかったです。

「自分はこんなもんで終わってたまるか」

そんな気持ちはあったものの、周囲は大学生活を謳歌しているのに、自分は毎日電話を取り続けるだけの日々。

この先は年老いて下流老人になるだけ。

でも英語力をつける、という以外に風穴を開ける方法が思いつきませんでした。

その英語力も英会話スクール挫折続きでどうしようもありません。

この先の人生が好転するなんてビジョンが1ミリも浮かばないまま、悶々と時を過ごします。

 

 

 

野口悠紀雄さんの1冊で人生を救われる

普段はゲームするか、コールセンターで電話取るか、ピアノを弾くくらいしかしていなかったのですが、

ふと立ち寄った本屋で野口悠紀雄さんの「超勉強法」に吸い寄せられるように手に取りました。

「人生は勉強をすることで切り開ける」

という事に雷を打たれたような衝撃を感じました。

「そんなの当たり前じゃんw」

と笑われるかもしれませんねw

でも当時の自分には、とても衝撃的でした。

勉強をすることの本当の有意義さが全然理解できていなかったですからね。

そして、

「先端の知識を都度学ぶことは重要だ。だが、自分の持っている知識や思考が正しいことを確認するために、大学で学ぶストックとしての体系化された知識は必要だ。そういう意味で大学へ行くことには意味がある」

この一言。

これがなければ私はおそらく、まだコールセンター派遣という立場から一歩も前へ進むことが出来なかったでしょう。

周囲の人間は

「大学は就職するのに必要だ」

「今どき行かないのはありえないでしょ!」

と主張していましたが、どうしても腑に落ちなかったのです。

そこへ降臨した野口悠紀雄さんの一言、このたった一言が私の人生を大きく変えることになりました。

 

英語は人の人生を変える力がある

魂に火を付けた後は猛勉強。

半年後に英検2級、そして英検準1級、TOEIC800点、

アメリカ留学、外資系就職、起業、英語学習本の出版へと続いていきました。

世間では

「新卒で入る会社で一生が決まる」

「キャリアにブランクを作ったら人生終わり」

そのような風潮があります。

どれだけ辛い仕事でも、大手企業に入れば勝ち組、大卒後に入った会社にいるのが一番えらい。

でも納得出来ませんでした。そんな社会が決めたレールに乗るのがベスト、なんて本当に一回しかない人生それでいいのか?

結果的に徹底的に社会のレールから外れ続けて来ましたが、それでよかったと思います。

そんなワガママな生き方が出来たのは、まぎれもなく英語のおかげだと思っています。

アメリカの大学にタダで留学して生活をする体験が出来たのも英語のおかげです。

ニート・フリーターを5年もやったダメ人間が、丸の内ビルの外資系就職が出来たのも英語のおかげでした。

こんな自分が作家になれたのも英語の力によるものです。

英語は本当にすごいツールだと思います。

ド底辺の人間をブーストしてくれる魔法のような力があります。

あなたも人生に閉塞感を持っているなら、英語の力を使って夢と可能性に溢れた未来を作ってみませんか?

英語を手にして自信をつけてみませんか?

お金なし、時間なし、知識なし、経験なし…

たとえ、あなたがかつての私のような「ないないづくし」でも英語力を身に付けて、

人生を変える方法をお伝えしたいと思っています。

そして英語力を身に付けて、幸せになれたらぜひ教えてください。

その時はささやかながら私からお祝いをさせてください!

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。