今回はノンネイティブはどこまで英語力アップできるか?英語上級者の理想と現実というテーマを解説する。
正直、世の中にはネイティブレベルの英語力が、スーパーで売られているサンマくらい軽々しくもてはやされている。日本人なら誰もが聞いたことあるフレーズとして、「幼少期に英語環境に放り込めば、努力せず自然にネイティブレベルの英語が手に入る」とか「有名なスクールに入って英会話実践訓練を続ける、海外移住をして英語のシャワーを浴びれば自然にネイティブレベルの英語力が手に入る」という金儲け詐欺詐欺ProMaxの営業トークだ。もう本当にアホ丸出し。百貨店のバーゲンセール状態のようにネイティブレベルが安売りされていて、お金を積んで英語環境を買えば誰でもサクッと手に入るものというウソとでまかせとファイナルファンタジーな幻想を撒き散らしてる。ハッキリいってネイティブ英語のレベルを舐めすぎ。ネイティブネイティブと軽々しく言ってるやつ自身が99.999%が中級者レベルですらない。なぜなら努力して高い英語を得た上級者ほど、外国語学習、そしてネイティブ英語を舐めてないから。ネイティブ英語を軽々しくお金を出せば手に入るものではないとよく理解している。
この動画では我々、ノンネイティブはどこまで英語力アップできるか?という現実的な限界について答えを出す。あなたの英語力はどこまで伸ばせるか?そして逆に何ができないか?この結論をしっかりと出す。あなたがこの動画を見る知るメリット、それはゴールを間違えないで済むってこと。最初からできないことにムダな努力をするとお金を失う。いやお金だけで済めばまだ良いほうで、限られた貴重な時間をムダな勉強に使ってしまう。自分がリアルに知っている事例で海外にいけばネイティブ英語になれると信じて、若い20代の時期を海外で過ごしたけど、30代までいて結局、全然英語力が伸びずに最後は帰国して仕事とか結婚の活動に時間を使えばよかったと嘆いている人、何人も知ってる。世の中はウソだらけだ、あなたは間違えないでほしい。今回の話はできれば英語学習開始前、学習中に知ってもらうことで、ネイティブ英語の理想と現実を正確に理解することができるので最も無駄なく、コスパよく、あなたが本当に目指すべき英語レベルの勉強にコミットすることができる。
そして視聴前に出しておきたい警告がある。今回の話はあくまで黒坂の一つの仮説で、心霊写真と同じく100%正確な証明ができる唯一無二の答えが出せる分野ではないということ。1+1=2、水の沸点は100度みたいに明確な話は誰一人できない。英語の習得で年齢要因は重要で思春期を過ぎたら、もはやネイティブと同じ言語能力は身につかないという「臨界期仮説」に関しては、言語学の博士号持ってるえらい人たちの間でも意見がわかれまくっている。そもそも、その臨界点が本当に存在するのか?あるとしたら何歳までか?具体的にどの能力がどこまでが限界なのか?現時点では地球上で一人も100%の結論を証明できないのが、令和の今の実情なんだ。そんな超センシティブで危険な話題を、言語学者でないただのオッサンが取り上げることになるので、そりゃあ爆弾処理班くらい慎重に取り扱わないといけないよな。今回、できる限り海外の論文や記事を読んで、できる限り情報を集めた上でさらに「状況証拠や個人的な体験や感覚に照らしてもおそらく正しいのではないか」という1つの仮説を紹介するというテイストで話をさせてもらう。今の話を正確に理解できた人だけ引き続き話を動画を見てくれ。ということで長い前置きを入れつつ、本題に入っていこう。この動画は次の内容でお届けする。
1章 ネイティブ英語、5つの限界の壁
2章 ネイティブレベルになれるスキル
ではいく。
目次
1章 ネイティブ英語、5つの限界の壁
1章ではネイティブ英語、5つの限界について解説をしよう。結論、次の5つがある。
1.英語の発音
2.感情表現
3.異文化理解
4.文法
5.反応速度
ではいく。
1.英語の発音
おそらく最も多くの人に受け入れられやすく、明確にわかりやすい限界が英語の発音だ。たとえると絶対音感みたいなもの。聴力の発達が終わりを迎えた大人になってからは、どれだけ訓練しても絶対音感を身につけるのはほぼ無理ゲー。自分は20歳前後でピアノを習い始めたけど、絶対音感はまったく身につかなかったし、あれは訓練でどうにかなる代物とはとうてい思えなかった。母国語にない英語の特定の母音の発音は、ノンネイティブの我々日本人にとって取得が難しい。幼少期の6~12か月間の間に会話を聞くことで音韻認識が強化されると言われるけど、一定の年齢を過ぎると新しい言語音の習得が難しくなるためと言われる。それにプラスして、大人になってから口腔筋肉の柔軟性が低下してしまい、母国語にはない新しい発音を習得するのが難しくなると言われる。
英語の発音についての限界は、自分自身の目で腐るほど事例を見てきた。多国籍の職場で働いたり、アメリカの大学留学をした時にアメリカ人かそうでないかは、英語の会話を聞いたら一発で分かった。4ヶ月語話せるマルチリンガルや、アメリカに何十年も住んでるヨーロッパ出身者、幅広い周波数に慣れていると言われるロシア出身者でもまったく同じで、彼らの英語の発音を聞けばすぐにアメリカ人ではないと伝わる。
Linguistic Distance、言語間距離と呼ばれる概念がある。言葉には近いとか遠いという距離の感覚があって、よく言われるのは「日本人は英語と言語の構造や周波数が全然違うので、取得が難しい」という話がある。じゃあ英語ととても距離が近いスペイン語やイタリア語、フランス語を母国語とする人たちは、アメリカ英語の発音が完璧にできるのか?というとそうじゃなくて、やっぱりネイティブとは全然違う。なんなら同じ英語圏であるオーストラリア人、イギリス人に頼んで訛りを出さないように話してもらっても、英語を聞いたらすぐにアメリカ英語でないと分かってしまう。彼ら彼女らの英語は非常にうまくて流暢に話せる。でも流暢に何の障害もなく話せることと、完全にアメリカ英語の発音ができることはまったく別の問題だ。
これは日本に住む外国人でも同じことが言える。テレビの討論番組に出演して、一般の日本人が到底こなせないような難しい内容の政治経済や金融論の議論をこなすインテリの外国人でも、発音は日本人と違うことはすぐに分かる。それは言語間距離が近くても遠くてもあまり関係ない。言語間距離が日本語と最も距離が近い外国語は韓国語だけど、これまで数多く日本在住の韓国人と会話をしてきて、完全に日本人と全く同じ発音のできる人は一人も見たことがなかった。最初の一言二言では見抜けなくても、しばらく会話を続ければ1分以内にネイティブでないと分かってしまう。
唯一の例外がある。それは親がアメリカ人の人たちだ。父親がイタリア人、母親がアメリカ人の女性と仲良くなって話をしたが、彼女の英語は本当にアメリカ人の英語にしか聞こえなかった。見た目も金髪なので、現地のアメリカ人も彼女をイタリアから来た留学生と見抜くことはできなかった。
こうした状況証拠からも、幼少期から英語にどっぷり浸かり続けてきた人でない限り、大人になってから少々努力や工夫をする程度では、完璧な英語の発音は獲得できないといっていいと思う。もちろんどんな世界にも例外はある。だけどあくまで例外は例外。エイズを完治した人って2024年時点でこれまでに4名いたらしいけど、だからといってエイズは完治できる病気とは言えないのという話と同じ。大人になってからネイティブレベルの英語の発音の獲得は、この動画を見ているあなたを含めて大多数90%以上の人が当てはまる事例ではないことは明らか。だからその辺に転がってる、よくわからないけったいな教材とかスクールの教育を受けたくらいで、簡単に完璧なアメリカ英語の発音は手に入らないと断言できる。仮にできたとすれば、それは本人が人並外れた音感の持ち主で普通ではない才能の力で手に入れた事例といえる。以上のことから英語ネイティブのような発音へ近づける努力はしても、100%完全なアメリカ英語の発音を手に入れることを最初から求めない方が幸せになれると思う。
2.感情表現
これは過去動画、英語バイリンガルになることで起きる変化で話をしたことがあるけど、母国語は感情に強く結びつき、外国語は論理に強く結びつく性質がある。同じ内容の話をしたり聞くのでも、母国語を使う会話は思わず泣き出したり怒り出したり感情を強く揺さぶり動かす。これは母国語で幼少期にした体験を呼び起こすことで、過去の楽しい、辛い、怖い、腹が立つ経験を思い出させるからだ。しかし、外国語での会話はあくまでロジカルにデータ処理をするので、会話中は冷静に事実を受け取って解釈できる。母国語は心に届き、外国語は脳に届くと言われる。
【9割が知らない】英語バイリンガルになることで起きる変化 言語の力で人生が変わる!(日本人/デメリット/トリリンガル/マルチリンガル)
ノンネイティブである我々日本人が英語を話す時は、どうしても感情を排除したロジカルなやり取りになる。そのため、言葉にできない感情の微妙なニュアンスとか、気持ちがこもって声色が変わるといった違いを表現したり理解することをネイティブと同じレベルにすることは難しい。たとえ勉強をして知識をつけても、外国語のやり取りで母国語レベルにハートに響かせることはできない。日本人にとって英語はあくまでコミュニケーションの道具として機能するものと割り切るべきだろう。
3.異文化理解
「外国語の学習は異文化理解の学習」というのは誰もが知っていることだけど、この異文化理解というのは知識として頭に入れればネイティブの感覚に近づくことができるのは間違いない。でもそれが90%とか100%近くネイティブと同じ感覚になれるというわけではない。たとえば笑いのツボとかジョークは文化的背景に強くつながっていて、言葉としては理解できるけど感覚がさっぱりわからないということは頻繁に起きる。たとえば黒坂が留学中、授業で映画やドラマのワンシーンを見せられてその解釈について議論をするというものがあったけ。感動的で思わず涙うるうるするシーンなのに、現地のアメリカ人がみんな一斉にドッと大爆笑していたのがまったく理解できなかった。え?そこ笑うとこ?こんなにも素晴らしい感動的なシーンで自分は涙あふれそうになってるのに?ということで驚いた経験がある。今振り返ってもなぜあのシーンで笑ったのか未だにわからない。似たような経験は過去に何度もあった。根本的に彼らとはツボが違うのだと思った。
その逆にアメリカ人も日本文化を100%理解して同じ感覚で受け取るということは難しい。自分が経験したのは日本の自虐文化。日本人は自虐的な発言をすることで、自分の謙虚さやユーモアをPRするという文化がある。たとえば誰もが優秀と認める人が周囲の人から褒められた時に、「いえいえ、私は大物などではなく普通の人間に過ぎません。謙虚に学び成長していきたいと思います」といえば、自分を謙虚に評価し、成長意欲を示すものとして好意的に受け取られる。聴衆の人はこの発言者は謙虚で学ぶ姿勢があることに対して好感を持ち「ぜひ、一緒に成長していきましょう」と励ましの言葉を返すことが多いだろう。
しかしそれをそのまま英語に翻訳してアメリカ人にいうと全く違った受け取られ方をする。I am not a big deal; I am just an ordinary person. I hope to learn and grow humbly.(私は大物などではなく普通の人間に過ぎません。謙虚に学び成長していきたいと思います)日本語では謙虚で腰が低くて素晴らしいと受け取られるこの発言を英語に翻訳するとどうなるか?「この人は自己評価が低い」と受け取られてしまう。聞いた人から「あなたはもっとポジティブになって自信を持つべきだ」と考えるだろう。アメリカでは、自己肯定的な表現が好まれ、「I have many opportunities to learn and grow, and I’m excited to see where my journey will take me」といった前向きな姿勢が好まれる。アメリカ人に「日本では控えめで謙虚な姿勢が好まれる」と教わって頭では「なるほど、これが事前に聞いていた日本人の謙虚さなんだ」と分かっていても、いざ控えめの表現を聞かされると、どうしても心の中では自信のなさを感じてしまい、もっとポジティブで力強い表現を好むということ。
こうした異文化理解は知識だけでは超えられない壁になる。
4.文法
これはとても意外に感じるかもしれないけど、母国語ユーザーが絶対に犯さない文法ミスをノンネイティブは頻繁に犯してしまう。文法は知識で補える要素なので、100%の知識があれば文法ミスはゼロにできる、と考えると思う。確かに英文法は三人称単数形のSとか、時制の一致といったメジャーな99%の知識は学習でカバーできる。でも1%、0.1%のマイナーな文法ミスをゼロにすることは現実的には難しい。
マサチューセッツ工科大学(MIT)のボストンカレッジの心理学助教授のジョシュア・ハートショーンは約67万人が受けた文法クイズの分析をした結果、10歳までに外国語を学び始めなければ、英文法を含むネイティブスピーカーが持つ能力を身につけることはほぼ不可能だと結論付けた。
これは日本に長年住んでいる外国人が使う日本語でも同じ現象が見られる。日本に何十年も住み、自分で全ページ執筆した著書をたくさん持ち、ブログやSNSを頻繁に更新し、YouTubeやテレビ番組で引っ張りだこの専門家でも本当に本当に些細なレベルではあるが、日本語のマイナーな文法ミスを犯す。そしてこのミスの種類は、我々日本語ネイティブが100%絶対にしない類のもので、日本人からすると単なる入力ミス、言い間違い、勘違いでは絶対に犯さない。このようなミスを見ると、外国語の文法レベルも100%に達しない事実があるということを教えてくれる。でも安心してもらいたいのは、あまりに小さなミスなので、聞いている側もほとんど気にならないレベルではあるし、何より大事なのは話のきれいさではなく話の中身の質の方だ。
5.反応速度
ネイティブスピーカーに比べて、ノンネイティブスピーカーは言語への反応速度に差が出る。これは、脳の神経経路の違いで、どれだけ学習や練習を重ねても100%ネイティブレベルに到達することは難しい。よく英語上級者がネイティブ同士の会話に入ってもスピードについていけない、という話がある。これは本当に正しい。ここからは黒坂が実際に見てきたエピソードになるけど、外資系企業で英語でディスカッションをする時、日頃はものすごく英語が流暢でプレゼンやディスカッションを上手にこなす日本人エンジニアの人がいた。彼はネイティブ同士の議論になるとしっかり内容は理解できるし、おかしい点があるとすぐ反発するのに、議論がヒートアップしてやり取りが速くなると会話に参加できなくなった。その場合は一旦、白熱した会話をストップさせてから自分の話をする、という場面を頻繁にみてきた。技術者だけでなく、英語の同時通訳歴20年、在米歴20年のプロ中のプロでも同じ状態だった。
落ち着いた会話でスピーディーな即時応答の速さが求められない場合は問題なくても、頻繁に瞬発力が求められる場面になるとノンネイティブはそのスピードの速さについていけずに置いてけぼりになってしまう。これは訓練だけでは超えられない壁の一つだ。
以上5つについてはノンネイティブが、おそらく永遠に超えられない壁として立ちふさがる。繰り返しだけど、日本人は外国語取得が苦手だからできないとか、言語の距離が遠いからできないのではなく、どの国の人にとっても外国語の取得は状況がほとんど同じということ。もしかしたら類まれな語学の天才みたいな一部の例外には当てはまらないかもしれないけど、肌感覚からもほとんどの人に当てはまると思ってる。
2章 ネイティブレベルになれるスキル
1章ではノンネイティブの超えられない壁を解説したけど、その逆に2章ではネイティブレベルになれるスキル、ノンネイティブとしてハンディにならないかなりにくいスキルについて解説をしたい。結論次の3つが該当する。
1.語彙力
2.ビジネスの専門知識
3.知的教養やコミュ力
では1つずつ解説しよう。
1.語彙力
1つ目が語彙力だ。語彙力は知っているか知らないか、というシンプルな二元論で対応できる。言葉を暗記することはダイレクトに言語能力をアップさせる。英検1級に合格するにはざっくり1万語以上の語彙力が必要で、平均的なアメリカ人の語彙力は約5万から6万語、大学院卒、ビジネスエリートなど教養のある場合は10万語くらいといわれる。この数字だけ見るととてつもない差に感じられるけど、これは教育心理学上のハンディというよりも、単に学習機会の差という外的要因で説明できる。語彙力はIQが120以上ないと取得できないということはないし、幼少期に身に着けないと覚えられない単語なんて存在しない。語彙力は持っていればいるほど大きな力になる上に、年齢や才能によるハンディはないので、ぜひ前向きにドンドン英単語を覚えていこう。
2.ビジネスの専門知識
2つ目はビジネスの専門知識だ。英語学習をする日本人にとっては3つの言語がある。1つ目は母国語の日本語、もう1つは外国語の英語、最後の1つが専門用語だ。専門家同士の会話はそれがたとえ母国語でも知識がなければ全くわからない。黒坂はアメリカで会計学を学んでいたけど、教授に会計学についての疑問を英語で質問をした時に、一緒にその話を横で聞いていた別の分野を専攻のアメリカ人の友達から「君たちが英語で何の話をしていたのかまったくわからなかった。会計って難しいね」と言われた。この場合、会話は英語ではなく会計語で行われたと解釈するべきだ。ビジネス英語を身に着けて、英語で仕事をする上ではマーケティングなり、ファイナンスなり何らかの専門用語を使って仕事を進めることがあるけど、外国人ビジネスマンに英語力では敵わなくても勉強をして専門用語で勝てば良い。実際に会社でITシステムについてディスカッションをしていた時に、日本人エンジニアが英語はそこまでハイレベルではないけどシステムの知識が非常に優れていたので外国人のエンジニアの意見に押し勝ってプロジェクトを進める、という姿を何度も見た。仕事は日本語、英語で進めるというより専門用語でコミュニケーションを取って進めるものなので、ビジネススキルを磨くことでノンネイティブのハンディを克服できる。
3.知的教養やコミュ力
最後3つ目は知的教養やコミュ力。これはどこの国でも、何語で話す時も共通しているけど、知的教養や卓越した会話スキルのある人は間違いなく一目置かれて尊敬される。そしてこのスキルを磨くことに言語の壁は一切関係ない。教養やコミュニケーションの技術は世界共通なので、英語が苦手でも日本語で教養や会話力を磨くことはいくらでもできる。逆に言うとどれだけ英語が流暢でも、この人はバカだと思われると相手から静かに距離を取られる。その理由を一言でいうと、教養やコミュ力が低いとシンプルに会話の相手にストレスを与えるから。教養がなかったり会話の技術力が低いと、話がスムーズに伝わらず、何度も本来は必要のないやり取りをすることになるので、それに付き合う話者にとってシンプルにストレスになる。また、コミュ力についていえば、頭に浮かんだ言葉を編集せず、その言葉を聞いた相手がどんな感情になるかを想像しないままストレート豪速球で投げてしまうと、「何?そんな言い方しなくても良くない?」って不快感を与えるのでやっぱり相手から距離を取られてしまう。
ちなみにコミュ力=盛り上げ力とか、初対面の人と楽しく打ち解けられるスキルと勘違いされがちだけど、それは完全に間違っている。コミュ力とは正確に意図を伝え、そして相手の意図を受け取る技術ということ。また、不快感のない円滑な会話のキャッチボールができる状態を指す。なので、自分の言いたいことばっかり一方的にマシンガントークするとか、相手が伝えたい、やってほしいと思っていることを汲み取る力がないとコミュ障認定される。
類は友を呼ぶという言葉通り、どの国でもどこまでいっても人間は同じレベル同士で引き合う本質から逃れることはできない。良くも悪くも、人間は誰しも同じレベルの会話ができる相手を求める。そんなことはない!優秀な人ほど優しいし気持ちの余裕があるよ!という人がいるけど実際、心の中はそうだろうか?エリート層ほど面と向かって「いやあ、お前には教養がなくてつまんねえからもう会話したくねえわ」こんな感じで露骨にバカにしたり否定的な態度は出さない。そんなことをしてあの人は差別したとか、人物的に問題があると騒がれることを彼らは好まない。たとえ不快なコミュニケーションを取られても、その感情を表情に出さない胆力があり、その場の空気を壊さないで冷静にメリット・デメリットを考えて行動できる人間関係をうまくやり取りする政治力があるからこそ、エリート層に上り詰めているといえる。彼らはあくまで表面上は笑顔でいるけど、「話し通じなすぎクソワロタ、もうこの人と関わるのつまんねーしやーめよ」そう思われたら静かに距離を取られてジ・エンド。おっと、今の話は別に黒坂個人が思っていることではなく、一般論や社会の不文律を言語化した上で代弁者として言っているだけなので、このクソ野郎め舐めやがってとは思わないでほしいかな。とにかく、絶対に教養とかコミュニケーションの技術は磨いておくにこしたことはないとおもう。やっぱり話をしていてストレスを感じない、快適に会話が進む人の方が好まれるのは間違いない。そしてその話し方の技術は勉強すれば誰でもいつからでも身に着けられるし、英語力は関係ない。
さて、今回は以上だ。もしかしたら人によってはそっかー、ネイティブレベルは自分には届かないんだなー残念って思ってしまった人がいるかも知れない。だけど安心して欲しい。どうか落とした顔をもう一度上げてほしい。自分が言いたいのは「君たちはカジュアルにネイティブレベルを目指すぜーとおほざきになるけど、そんな甘いものじゃねよ」とバカにしたいのではなく、ゴールを間違えずに進んでクレメンスということ。確かに全員にネイティブレベルの英語は届かないかもしれない。でもそもそも、そんなものはいらない。英語はあくまでコミュニケーションツール。専門分野を英語でこなすとか、毎日のニュースを英語で読んだり聞いたりするとか、外国人とSNSでやり取りをしたり海外向けYouTuberになるとかそのくらいは誰でもできるし別にネイティブレベルになんてならなくてもいい。むしろ、英語で大事なのはネイティブと聞き間違えるような発音ではなくて話の中身。どれだけ発音がきれいでも空きれいとかすげーうめーばかりで中身スッカスカのスポンジケーキみたいな会話しかできなければ誰も話を聞いてくれねえよ。それは日本語でも同じはず。NHKアナウンサー並みのきれいな標準語で中身空っぽの話より、訛りが強い方言でもめちゃめちゃ学びがあって有益な話をしてくれるなら絶対にそっちを聞きたいはず。理想と現実は冷静に分けて考えて、我々は現実的に地に足をつけて引き続きビジネス英語力を目指して頑張っていこう。ほなまた。
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