ムダな努力をするのを恐れて立ち止まるんじゃねえよ!

「こんにちは!黒坂岳央(くろさか たけを)です。
※Twitterアカウントはこちら→@takeokurosaka

おう!頑張っているか?黒坂だ。

 

最近の「努力、カッコ悪い」って風潮どう思う?

最近さ、こんな風潮があるよな?

 

「必死にガツガツ生きるのはダサいw」

「出来るだけ脱力しながら、好きに生きているのが勝ち組w」

 

みたいなの。

英語だってそうだ。

 

「別に日本で満足してるしー♪」

「頑張って英語を勉強しなくても、将来は自動翻訳機があるでそw」

 

ってな感じで、若い人を中心に、

海外への関心が薄れてきているという意識調査結果もあるんだよ。

プレジデントオンライン「子どもが”海外旅行”を喜ばなくなった理由」

 

「やる夫はムダな努力反対派、効率賛成派だおw 世の中はできるだけ楽して、甘えて暮らしたいおw」

 

 

「将来の夢はYouTubeからの副収入、あーんど ナマポだおw 国民の皆さん、オイラに血税で飯を食わせてくれおw」

 

やらないお「まーたそんなバカなことをいってんのかオメー! いつもみたいに全力でケリを入れるのも疲れてきたぜ」

 

やる夫「楽して生きて何が悪いんだお! お前も本音では絶対楽したいと思っているはずだお!」

やらないお「ぐぐ…ぐるじいー…。」

 

やる夫「世の中は一部の勝ち組が総取りするんだお! 負け組は一生負け組だお! 凡人には努力する生き方はムダなんだお!」

やらないお「バカヤロー! んなわけねえだろ! この資本主義社会はな、努力すれば報われる世界なんだぜ!」

 

「オイオイ、やめろよふたりとも! ここは一つ、冷静になって結論を出してみよう!

(周囲が荒ぶれると冷静になるタイプ)」

 

さて、やる夫が珍しくやらないおに逆らったところで考えてみよう。

 

ムダな努力はカッコ悪いのか?

凡人に生まれてしまった私達は、必死に頑張るのは本当にダサいのか?

 

今回はなんか重いテーマだw

 

努力が美しい昭和人間 VS 効率的でクールな平成人間

努力を語る上で忘れてはいけないのが、

世代間の認識の違いだ。

 

オッサン世代は

「努力は努力そのものが美しい」

って主張をする奴が多い傾向だ。

これはあなたも納得頂けると思うw

 

まあ、「ウサギ跳び」なんつー、

無意味で体を痛めるだけのクソみたいなトレーニング

をやっていた世代だし、

なんだかんだいってバブリーな頃は、分かりやすく

「頑張れば報われる社会」

だっただろう

(ワシ、バブル世代じゃないから知らんけどw)

 

「ひたむきに努力する姿は美しいよね。 おじさんも努力・熱血・根性は好きだよ。 え?おじさんはどうかって? ハハ、競争に破れたオジサンは草食化しちゃうんDA☆」

 

そんな暑苦しい昭和人間の考えとは、間逆が最近の若者だ。

 

ゆとりやる夫「すましてクールに、仕事はお金を稼ぐツールと割り切るおw とにかく自由に、楽しく生きていくおw」

 

って感じだ。

 

頑張れば頑張るだけ給料が上がるわけでもなし、

「さとり世代」

なんて呼ばれて、若干上昇を諦めてる感があるよな。

 

ムダな努力をせず、身の丈にあった人生を歩む…。

 

ある意味、今の時代にマッチした

「スマートな生存戦略」

と言えるかもしれんね。

 

 

成果に結びつかない努力から学べる事は多い

だがな、それでも主張させてほしい。

努力が成果に結びつかないことがあろうとも、

 

努力すること自体にも、間違いなく価値がある、と。

 

(うわあ、いかにも昭和のオッサンって感じのセリフだw)

 

「るせーな、黙って最後まで話を聞いてくれw」

 

誤解しないでほしいんだが、

自分は「あえてムダなことをしろ」

って言ってるんじゃないぜ?

 

当たり前だが可能な限りムダを省き、

効率的に取り組む情報力とリサーチ力をつけてほしいし、

そうすることで英語学習の成功率を高めるべきだ。

そのために自分はこうして正しい情報をあなたに伝えている。

 

自分は「ムダをしてしまうことを恐れるあまり、潔癖症になるな」

って事をあなたに伝えたいんだよ。

時々、ムダを恐れて一挙手一投足のすべてを

他人から答えをもらわないと行動できない、人造人間みたいなバカがいる。

 

「一から十まで、マニュアル化してくださいっ」

 

そう言わんばかりだ。

バカだよね。

 

マニュアル化できないものが世の中にはある。

また、人間は与えれた枠にハマると、それ以外の事に思考が及ばなくなるという性質がある。

 

「昼ごはんにしよう。中華と和食どっちがいい?」

 

って聞かれて、

 

「どっちもいや。ポルトガル料理がいい」

 

とはなかなか言わないだろ?

多くの人は、相手から投げられた選択肢の枠の中でしか考えない。

だからマニュアルに縛られると、マニュアルの外側を考えなくなる。

 

「これぞ正しいやり方」ってのを妄信していつまでも追い求めてしまい、

自分では一切思考しない姿勢も問題があるんだよ。

 

必死な行動や努力しないとわからないこと

ムダな努力を笑ったり、必死になって頑張る事を否定するバカどもに言っておきたい。

あのな、世の中、やってみないとマジでわからんことだらけだからな?

統計上のデータとか確率だけでは語れない世界がある。

 

「やらずして語れまい」

 

って自分はつくづく思うのよ。

例えばどう生きるか?とか、

自分の得意分野とかなんて答えはない。

努力したり、必死に頑張った結果見えてくるもんだ。

 

「自分の生きたい道がわからない…」

 

って悩んでいるヤツは大体が、

ムダな努力を恐れるあまり、どこか必死に生きていないんだよな。

だから悩むし、いつまでも答えが見えないんだって。

 

世の中は結果がすべて…それでもムダな努力はない

努力すること自体に価値はあると言ったが、

もちろんそれは成果を出すことが大前提である事は強調しておこう。

 

英語は投資である以上、結果がすべてだ。

 

何年英語やっていようが、

留学して海外に身を置いていようが、

ガリガリ机に向かおうが、

 

結果を出せなければそれは自己投資じゃない、

単なる宗教か、趣味、もしくはクソだ!

 

「世の中は金…!金がすべてだ! 金にならないものなどクズだ!」

 

「生活保護の金貯めて楽しく英会話だおw 英語で人生逆転だおww」

 

(ちょww あの人の発音聞いた?ww マジダセえんだがww)

(もう2年も留学してるのにねw プゲラww)

 

「チキショー!! スクール代返せお!!」

 

「テメー国民の皆様の税金でスクールいったくせに何いってんだよ」

※ナマポをディスっているつもりはありません。単なるネタなので念の為。

 

英語力という成果を掴むために、

日々、英語の勉強でなかなか思うように学習が進まず

悩み、苦しんでいる人も多いだろう。

辛いよな?気持ちも焦るし苦しい。気持ちはよく分かる。

 

だが、自分は失敗やムダな努力、

挫折をすることをバカにはしない。

そのゴールへの歩みは絶対にムダにはならないし、

価値があるものだからだ。

 

人は誰でも失敗をする。

成功は失敗が集まってできたものだ。

ゴールへの道のりがわかったからと言って、

 

一直線にゴールにまっすぐ、

って人はなかなかいない。

学習法を誤解していたり、

自分にあった学習環境を整えたり、

勉強する習慣化に時間がかかったり、

回り道もすることがあるだろう。

 

もちろん成果は出さなくちゃいけない。

だが、諦めなければ必ず正しい道を探し当てる事が出来るんだよ。

 

あなたが日々英語の勉強をして

 

「これ上達してるのかな?」

「ムダに終わるんじゃ?」

 

という不安が湧いてきたなら、それは考えを改めてほしい。

 

「大丈夫だ。ムダな事はなにもない」

 

ってことをあなたに伝えたい。

 

大事なのは「努力する過程でより良い学びや気づきを得る」ことだ。

 

ムダな努力の先にあった輝くゴール

私も昔はずいぶんムダな努力をしてしまった。

スクールの入退学を繰り返したのもお金と時間のムダだったし、

英単語の暗記もスゲー間違ったやり方に挑戦していた時期もあった。

 

これを見てくれ。

これは私が英語の勉強に着手した時に

あれこれ手を出して勉強していたテキストたちだ。

写真に写っていないものもまだまだ山のようにあるぞw

 

でも、今考えるとこの写真に写っている本の90%は買う必要はなかった。

 

英語の勉強を独学でやったから、

やっても効果のあがらないメソッドにも、多くの時間を使ってしまった。

「これこそ、ムダな努力」

って感じの事を盛大にやってしまったんだよ。

 

だがな、その多くのムダな努力をした結果、

 

「英語学習は良質な数冊の本を選び、それをしっかりやり込むだけで、

留学もスクールもいかなくても、独学で非常に高いレベルまでイケる」

 

って今、こうしてあなたに主張している真理にたどり着けた。

これはムダな事をやったからこそ、たどり着けたんだよ。

 

必死に努力することはかっこ悪くはない。

カッコ悪いのは結果を求める夢半ばで、

スタコラサッサと逃げ出したヤツらだ。

 

いいか?

挑戦に楽な道のりなんてないんだよ。

自分の限界を超えていくんだからきついにキマってる。

失敗も遠回りもしてしまうだろう。

もちろん、道のりは出来るだけ効率的なものをリサーチすることは必要だ。

根性論に頼らず、出来るだけ負荷の小さい道を探す、それはオッケーだ。

 

だが、必死に努力することも等しく大事だ。

少々のムダや非効率になることを恐れるな。

大丈夫、辞めなければ必ずゴールにたどり着ける。

 

いいか?最後にゴールにたどり着けばいいんだよ。

それですべては報われる。

そのプロセスである、努力も大きな価値があるってことを忘れるな。

 

私も壮大なるムダの末に、「英語多読」にたどり着いたってことを覚えておいてくれ。

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